(社)トロン協会では、組込みシステムにおけるリアルタイムOS利用の現状を把握し、今後の参考とするために、毎年1回、組込みシステムにおけるリアルタイムOSの利用動向に関するアンケート調査結果を実施している。ここでは、2000年11月に実施したアンケート調査と結果の要点を報告する。
実施したアンケート調査は、組込みシステム開発の現状とリアルタイムOSの問題点や選択基準、ITRON仕様OSの利用動向とユーザによる評価、ITRONプロジェクトに対する期待事項などを調査するものである。同様の内容のアンケート調査は1996年度から実施しており、今回が5回目である。
今回のアンケートは、MST2000(東京ビッグサイト2000/11/15-17)にて実施した。アンケートの配布数は610部、回答者数は564名、回収率92.5%である。回答者の職種は、設計・開発・研究85.5%、企画・経営4.2%、営業技術・営業支援4.2%、検査・品質管理0.5%、その他5.5%であり、アンケートが想定した調査対象者、設計・開発・研究者に対して実施されたことが確認された。
|
アンケート調査結果の集計では、正しい回答と解釈できないものについては、原則として項目毎に無効として扱った。具体的には、一つの選択肢のみを選ぶべき項目で、複数の選択肢を選んだ場合は無効とした。
今回の調査では、昨年と同様、アンケート回答者ないしは回答者の所属する会社が最も最近に開発した組込みシステムについて、アプリケーション分野、使用したプロセッサの種別、プログラムサイズ、用いたプログラミング言語、組み込んだOS(製品名)、組み込んだOSで使用したAPIの6項目について質問した。
コンシューマ向けの機器(家電機器,AV機器,娯楽/教育機器,個人用情報機器,通信機器(端末))が34.4%、工業用の機器(工業制御/FA機器)が19.0%、残りはその他の産業用機器となっている。コンシューマ機 器は、1種類の機器あたりの生産個数は多いが、設計の数(つまり機器の種類)は少ないため、日本で開発されている組込み機器の内訳としては、おおよそ妥当な調査結果と考えられる。
|
32ビットプロセッサが占める率が57.6%と最も高く、次いで16ビット、8ビットの順となっている。比率は昨年とほぼ同様である。組込みシステムの分野においても、32ビットプロセッサが主流となっている。また、使用されたプロセッサの系列は、SuperHが36.3%、Intelが16.3%であり、MIPS、ARMの順となっている。
|
|
プログラムサイズが64KB未満のシステムのシェアが17.1%, 64KB-256KBが24.8%, 256KB-1MBが28.0%, 1MB-4MBが20.3%, 4MB-16MBが 4.5%、16MB以上が5.4%であり、昨年とほぼ同様である。
|
主に用いたプログラミング言語では、C言語が78.5%、アセンブリ言語が11.4%、C++が8.4%、Javaが1.2%である。この比率の割合は昨年とほぼ同様である。
|
最近、複数のAPIを持つOSが増えてきており、特にITRON仕様のAPIと独自仕様のAPIをあわせ持つOSが登場したことから、組込みOS(製品名)とAPIを別々の項目で問うこととした。組込み用OSのシェアは、自社用のOSが22.4%、半導体メーカ製のOSが9.0%、その他(主にソフトウェアメーカ製のOS)が19.8%となっている。前回調査との比較では、OSを用いていないもの21.8%→20.0%、自社用のOS 22.2%→22.4%で昨年とほぼ同様である。
個別のOSでは、VxWorks(WindRiver Systems社)が6.1%と最も多い。ただし、WindowsとMS-DOSを加えると12%を超え、メーカ別ではMicrosoft社製のOSが最も比率が大きい。また、半導体メーカ製のOSとしては、国内の主要半導体メーカのOS製品名が数多く挙がっているが、製品としては細分化している。半導体メーカ製も含めて、その他のOSはいずれも3%以下であり、リアルタイムOSのマーケットが細分化していることが確認できる。なお、回答比率が1.0%未満のOSは「その他の市販OS」に含めて集計した。
次に、組込みシステムに組込みOSのAPIの質問項目では、ITRON仕様OSの比率(36.5%→40.9%),Posix & Unix(5.3%→7.1%)と増加、各種OSの独自API(24.7%→18.3%)は減少した。なお、この項目においては、回答比率が0.5%未満のAPIは「その他のAPI」に含めて集計した。 組込みOSの項目とあわせた全体傾向を前回の結果と比較すると、ITRON仕様OSとその他の市販OS比率がいずれも増加して いるのに対して、自社用OSのAPIの割合が目立って減少している。
|
ここでは、組込みシステムに組み込んだOSを「ITRON仕様OS」「その他OS」「OSを用いていない」の3つに括り、アプリケーション分野別、使用プロセッサ別、プログラムサイズ別にその傾向を見る。
まずアプリケーション分野別では、全体的な傾向として、コンシューマ向けの機器(家電機器、通信機器(端末)、娯楽/教育機器、AV機器、個人用情報機器)においてITRON仕様OSの使用比率が高く、いずれも40%を越えている。OSを使わなかったシステムを除くと、これらの分野のほとんどITRON仕様OSの使用比率が60%を越えており、コンシューマ向け機器の分野においてITRON仕様OSが広く使われていることが確認できた。この傾向は昨年と同様である。
使用プロセッサ別の組込みOSには、次のような傾向がみられる。まず、8ビットでは、約40%がOSを使っている。16ビットでは、ITRON仕様OS、その他のOS、OSを使用せずの比率は約30%でほぼ同じである。32ビット・64ビットでは、約50%がITRON仕様OS、約40%がその他のOS、約10%がOSをを使用せずである。DSP・その他では約40%がITRON仕様OS、約50%がその他のOS、約10%がOSを使用せずである。
最後にプログラムサイズ別の組込みOSは、プログラムサイズ64KB未満では、50%弱がOSを使用せず、64KB以上 256KB未満では20%弱がOSを使用していない。ITRON仕様OSの使用比率は、64KB以上 256KB未満から1MB以上 4MB未満の分野でいずれも約40%となっている。それより小さいシステム、大きいシステムのいずれにおいても、ITRON仕様OSの比率は下がる。これらの全体的な傾向は、前回の調査とほとんど同様となっている。
すべてのアンケート回答者に対して、リアルタイムOSの問題点と選択基準について選択肢を提示した。
リアルタイムOSの問題点として最も多く選ばれたのは、前回までと同様に「使いこなせる技術者が不足またはいない」で、32.3%の回答者が最大の問題点であるとしている(前回調査とほとんど一致している)。
それに次いで、「OSにより仕様の違いが大きく切替えの負担が大きい」が10.0%、「初期および保守費用が高い」が10.0%、「開発環境やツールが不足」が9.0%、「使用リソースが大きすぎる」と「実行時のライセンスが高い」が6.3%となっている。
「開発環境やツールを不足」を挙げた回答者に対して、具体的にどのようなツールが不足しているかを具体的に記述してもらう項目に対しては、多くの回答者がデバッグ環境関連ツールを挙げている。
|
「世の中に広く浸透」が20.3%という回答が最も多く、「性能・機能が要求条件に適合するから」18.1%を占める。ただし、「自社内で使用実績があるから」という実績重視の選択基準がそれに続き、さらに、「開発環境・ツールがある」「価格が安いから」が7%程度で続いている。
昨年は、「性能・機能が要求条件に適合するから」「自社内で使用実績があるから」「世の中に広く浸透」の順となっており、順位の変化が見られる。
|
アンケート回答者のITRON仕様OSとの関わりを問う項目では、「ITRON仕様OSを使用/開発したことがある」「ITRON仕様OSを調査/検討したことがある」をあわせて65%近くになる一方で、「全然存在を知らなかった」とした回答者は約2.0%と、ITRON仕様OSの周知度が十分に高いことが確認で きた。いずれも、前回調査とほぼ同様の結果となっている。
|
前の設問で、「ITRON仕様OSを使用/開発したことがある」または「ITRON仕様OSを調査/検討したことがある」とした回答者に対して、ITRON仕様OSの長所と短所を尋ねた。
ITRON仕様OSの長所としては、「オープンスペックである」挙げた回答者の比率が43.5%と最多数を占めた。次いで、「仕様の理解が容易」を挙げた回答者が多く15.3%、 「ソフトウェアの移植性がよい」「使用リソースが小さい」「多種類のチップに対応している」「価格が安い」の順で続く。
|
ITRON仕様OSの短所としては、「開発環境やツールが不足」を挙げた回答者が、約(19.2%->14.1%)と最も多いが、前回までの調査と比べると徐々に減少する傾向にあり、ITRON仕様OSの開発環境やツールの整備が進んでいることがわかる。
それに次いで、「扱える技術者が少ない」「海外での認知度の低さ」が続き、ITRON仕様OSの現在の課題が技術者の教育と海外での普及であることが示されている。
さらに、「実装依存部分が大きくソフトウェアの移植性が悪い」、「仕様の理解が困難」「ソフトウェア部品が少ない」「機能が不足」と続いているのは、昨年の回答と同様である。
|
すべてのアンケート回答者に対して、ITRONプロジェクトが今後の取り組むべき課題を選択していただいた。「ソフトウェア部品のインタフェースの標準化」「開発環境とのインタフェースの標準」「フリーのITRON仕様OS」が上位3項目である。前回調査との比較では、全体的な順位は、ほぼ 一致している。
|
今回の調査は、過去4回に実施した内容を基本的には踏襲して実施した。全般的な傾向として、組込みシステムの大規模化の傾向が、データにあらわれた。具体的には、32ビットプロセッサを用いたシステムが57.6%をしめることや、プログラムサイズが256KB〜4MBのシステムが約7割を占めることが挙げられる。
また、5回の調査を通して、ITRON仕様OSの利用率は一貫して増加している。今回は、組込みシステム全体の中では約40%、OSを使用していないシステムを除くと実に約50%のシステムがITRON仕様OSを採用したという結果が得られた。これらの結果からも、ITRON仕様が、他を大きく引き離して日本市場で業界標準仕様の地位にあることがわかる。また、ITRON仕様OSの長所がオープンスペック、仕様の理解が容易と項目が多数を占めており、 トロン協会にとって喜ぶべき結果となっている。
ITRON仕様OSの短所については、減少傾向にはあるものの、前回調査と同様、開発環境やツールの不足や海外での認知度の不足を挙げた回答者が多かった。この結果は、ITRON仕様OSを扱える技術者の不足を挙げた回答者が多く、組込みシステム分野に経験を持った技術者が足りないという指摘をデータ的にも裏付けるものとなっている。
トロン協会では、ITRON仕様OSに関する教育テキストやカリキュラムなどの開発や米国での広報・普及活動を強化する予定であうる。この結果を今後の活動方針に活かすとともに、来年度以降も同様の調査を継続したいと考えている。